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札幌地方裁判所 平成2年(モ)1920号 判決

債権者

清水野博

右訴訟代理人弁護士

佐藤義雄

債務者

エイト交通株式会社

右代表者代表取締役

鈴木行男

右訴訟代理人弁護士

徳中征之

丸岡敏

主文

一  債権者と債務者との間の当庁平成二年ヨ第三一五号地位保全等仮処分申請事件について、当裁判所が平成二年九月一〇日にした仮処分決定を認可する。

二  訴訟費用は債務者の負担とする。

事実及び理由

第一債務者の申立

一  債権者と債務者との間の当庁平成二年ヨ第三一五号地位保全等仮処分申請事件について、当裁判所が平成二年九月一〇日にした仮処分決定を取り消す。

二  債権者の当庁平成二年ヨ第三一五号地位保全等仮処分申請を却下する。

第二事案の概要

一  本件は、タクシー会社の運転手であった債権者が、使用者であった債務者のした懲戒解雇の意思表示は無効であるとして、債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることと賃金の仮払いを求めて本件仮処分申請をし、当裁判所からこれを認容する決定を得たところ、債務者がこれに異議を申し立てた事案である。

二  争いのない事実

1  債務者は、約二三名の運転手を雇用するタクシー会社であり、債権者は、昭和五六年五月から債務者の運転手として雇用され、平成二年五月三一日まで勤務し、その間毎月一五日に月額一七万〇八四九円の賃金の支払を受けていた。

債権者は、債務者の運転手七名で組織されるエイト交通労働組合(以下「組合」という。)の執行委員長である。

2  債務者は、平成二年六月一日、次の(一)ないし(三)を理由として、債権者を懲戒解雇(以下「本件懲戒解雇」という。)した。

(一) 債権者が平成元年九月四日無断欠勤した。

(二) 債権者が平成二年五月二四日債務者代表者の呼出命令に応じなかった。

(三) 債権者が平成二年五月二五日の勤務中に同僚に傷害を負わせた。

三  争点

1  本件懲戒解雇の事由が存在するか。

(債務者の主張)

(一) 無断欠勤について

債権者は、平成元年九月四日午前一一時三〇分ころから無断欠勤した。

すなわち、旧就業規則(昭和六二年七月二七日実施)では、年次有給休暇を請求する場合には事前に所定の様式によって債務者に願い出て承認を受けなければならないと定められていた。具体的には、事前に債務者の専務取締役(以下「専務」という。)に対して年次有給休暇願(以下「休暇願」という。)を提出する、専務がいないときは事前に配車係に提出することとなっていた。

しかし、債権者は、債務者に対して事前に休暇願を出したのでもなく、平成元年九月四日午前一一時三〇分ころ、当時債務者の事務所にいた配車係にも何も告げずに休暇願を専務の机の上に置いただけであった。債権者の出した休暇願は、同日午後三時を過ぎて配車係に発見されたのである。

したがって、債権者は債務者に対して適式に休暇願を提出せず、無断で欠勤したものである。これによって、債務者は業務に重大な支障を被った。

これは、旧就業規則二二条、三四条四項、旧賞罰規定(昭和六二年七月二七日実施)五条に該当する。

(二) 業務(呼出)命令違反について

債権者は、平成二年一月ころ、実際にタクシーに乗車させていない澤田美香(以下「澤田」という。)に対して債務者名義の仮領収証を交付し、同人に保険会社に対する損害賠償請求の証拠としてこれを使用させた。

債務者代表者は、債権者に対し、同人が行った疑いのある詐欺共犯の事実の調査をするため、平成二年五月一五日付の内容証明郵便で同年五月二三日午後一時芦別市内の昇龍閣に御足労願いたいとの業務(呼出)命令を出し、この通知は同月一七日ころ債権者に到達した。

債権者は、平成二年五月一八日午前九時すぎころ債務者の事務所を訪れ、保井に対し、内容証明郵便を示して債務者代表者からの呼出の目的を尋ね、保井忠義(以下「保井」という。)から、領収書の不正発行の件であるとの答えを得た。

右のとおり、債権者は、債務者代表者による呼出が、組合の件ではなく債権者個人にかかわる業務命令であることを知っていたにもかかわらず、これを無視して出頭しなかった。

これは、就業規則(平成元年一一月二一日実施)五条、賞罰規定(同上)一四条三項、一五条二二項に該当する。

(三) 従業員に対する傷害について

債権者は、平成二年五月二五日、勤務中に債務者の従業員である和蛇田芳雄(以下「和蛇田」という。)に対し、「洗車がいいかげんだ。」などと言いがかりをつけて、同人の右腕や右肩を堅くつかんで押したり引いたりして、同人に対し全治二週間の右肩関節部挫傷の傷害を負わせた。

これは、新就業規則五条、八条二項、一九項、三八条一三項、新賞罰規定一四条七項、一五条六項、九項に該当する。

(債権者の主張)

(一) 無断欠勤とする点について

債権者は、平成元年九月四日を年次有給休暇日とする請求をし、債務者はこれに対し時季変更権を行使しなかったのであるから、同日を休暇日とすることが確定したものである。したがって、債権者は無断欠勤したことにはならない。

(二) 業務(呼出)命令違反とする点について

債務者の代表者の呼出は、債権者の勤務時間外であったうえ、当時組合が北海道地方労働委員会に不当労働行為の救済申立をしたことに対する報復としてなされたものであったから、債権者は、これを団体交渉の場で解決したい旨伝えて、呼出に応じなかったものであり、懲戒の事由となるものではない。

2  本件懲戒解雇は、懲戒権の濫用に当たるか、また、不当労働行為に当たるか。

(債権者の主張)

債務者は、平成元年六月ころから組合を敵視する姿勢を示すようになり、労働組合幹部経験者である保井を労務顧問とし、組合の弱体化を企図して組合からの脱退者で第二組合を作ったり、平成元年九月六日にそれまでの協定及び確認書を一方的に破棄したうえ、同年一二月三〇日には就業規則等を組合の同意を得ないまま一方的に実施すると通告するなどした。そこで、組合が平成二年五月一〇日北海道地方労働委員会に不当労働行為の救済を申し立てたところ、債務者代表者は、債権者ら四名の組合員に対し時間外呼出を命じ、これに応じなかった債権者らを懲戒処分したものである。

本件懲戒解雇は、債務者が、債権者の組合活動を嫌悪し、不当労働行為の救済申立に対する報復として、組合を弱体化させる意図に出たものであるから、不当労働行為に該当し無効である。

3  債権者の地位を仮に保全する必要があるか。

(債権者の主張)

債権者は、債務者からの毎月の賃金、夏季及び冬季の一時金を唯一の収入として生活を営んでおり、本案訴訟の勝訴判決まで賃金を得ることができない場合は訴訟そのものの追行が不能となる。

(債務者の主張)

債務者は歩合給を併用しているため、当月一日から末日までの賃金は翌月一五日に支払っている(翌月払い)。

しかるに、本件仮処分決定は、平成二年六月からの賃金の仮払いを命じているので、一月分の賃金が当月払いとなり不当である。

第三争点に対する判断

一  証拠(証拠・人証略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を一応認めることができる。

1  債権者は、債務者から得る賃金により一家四人の生計をたてており、昭和六三年五月一日から組合の執行委員長を務めている。

2  平成元年四月二一日、債務者において臨時株主総会が開催され、それまでの大鎌幸雄にかわって、専務取締役に島口浩(以下「島口」という。)が就任した。

保井は、同年八月二二日、島口の要請で、債務者の労務顧問に就任し、平成二年七月四日にはその取締役に就任した。

3  保井と島口は平成元年九月九日、旭川市五条六丁目所在の北海ホテルで、組合の上部団体である全国自動車交通労働組合旭川地方連合会(全自交旭川地方連合会)の委員長の岡村と書記長の鈴木貞義と会った。保井は、その席で鈴木らに対し、債務者の経営や人事に不当に介入してくるような組合委員長である債権者と副委員長の大原靖夫(以下「大原」という。)を辞めさせてもらえないかと理解を求めたが、鈴木らから拒絶されたことがあった。

4  また、債務者は、平成元年九月一六日、組合に対して、従来組合との間で締結されていた協定書、覚書及び確認書のすべてについて、労働組合法一五条三項、四項にもとづいて解約すると通知し、同年一二月三〇日付で、債務者の従業員にあてて、債務者が従業員に対して新たに提案した、就業規則の発効による取扱細則、給与規定、賃金体系及び勤務ダイヤについて、同意書に署名捺印するよう呼びかける内容の掲示を行った。

5  平成元年一二月一〇日ころには、債務者の配車係の手代木勝巳(以下「手代木」という。)が発起人となって「エイト交通親睦会」の結成が計画されたが、事前に債権者ら組合の役員がこれを知って批判したため、親睦会の結成はいったん中止された。

しかし、平成二年一月一五日、北野俊之及び和蛇田が発起人となって、「エイト交通親睦会」の結成及び代表者選出の呼びかけが行われ、同三月二四日には、組合員一五名の「エイト交通従業員組合」(以下「第二組合」という。)が結成された。

第二組合の主な役員には、執行委員長に星見英昭、書記長に北野俊之、執行委員に和蛇田及び貝田努、会計に繁泉幸子がそれぞれ就任し、一般の組合員は手代木ら七名であった。第二組合の結成以後、組合は、従業員が約二三名の債務者内において少数組合となった。

6  ところで、債権者は、平成元年九月四日午後八時五五分ころに出勤し、午前九時ころからタクシー乗車の勤務を始めたところ、午前一一時ころ当時配車係の仕事をしていた繁泉から、タクシー用無線で、地区労に電話するようにとの伝言があった。

そこで、債権者は、すぐに地区労の事務局長の佐々木に電話して用件を確かめ、その結果組合の用務のため、同日及び翌日に会社(債務者)から有給休暇をとることに決め、午前一一時三〇分ころタクシーを運転して債務者の事務所に戻った。

事務所には島口専務も配車係も不在であったので、債権者は、繁泉に組合の用事のため休暇をとる旨伝えたうえ、休暇願の届出用紙に、休暇日を平成元年九月四日、同九月五日の二日間、休暇の事由を組合用務などと記載し、これを債務者事務室の島口専務の机の上に置いて、右両日(四日は午前一一時三〇分ころ以降)勤務しなかった。

債務者の当時の就業規則三四条四項には、「年次有給休暇を請求するときは事前に所定の様式によって会社に願い出て承認を受けなければならない。年次休暇は原則として従業員の請求するときに与える。但し、業務の都合によりその時季を変更することがある。」と定められていた。

しかし、従来、債務者においては、事前に休暇願を提出せずに、有給休暇を取得することが容認されており、また、有給休暇の届出をするには、その旨配車係または事務の従業員に伝えて、休暇願を専務の机の上に提出して置けば足りる取り扱いが行われており、有給休暇の届出に対し時季変更権が行使されたこともなかった。

7  また、債権者は、平成元年一二月から平成二年一月までの間、乗客の澤田の求めに応じ、債務者の作成名義で、金額欄空白の仮領収書を発行し、また、そのころ澤田から乗車一回について二〇〇円程度のチップ(合計約一六〇〇円)を受け取ったことがあった。

澤田は、右の仮領収書に金額を記入したうえ、これを証拠資料に使って、記載金額の交通費を支出したとして、A・I・U保険会社に保険金の請求をしたところ、同保険会社から真実澤田が右金額全額を支払ったのかについて疑いをもたれ、平成二年一月ころ、株式会社損害保険リサーチ旭川営業所主任小松良則が調査のため、債務者を訪れた。

そこで、島口及び保井は、平成二年二月一日、勤務中の債権者を事務所に呼んで質問したところ、債権者は、「債務者が困るというのであれば、客に白紙の仮領収書を配ることを中止すればいいではないか。そうすれば、このような問題は起こらない。チップはもらったが、たばこ銭程度で高額なチップはもらっていない。」と答えたところ、島口及び保井はそれ以上追求しなかった。

8  組合及び全自交旭川地方連合会は、平成二年五月一〇日、債務者が第二組合を結成させるなど、組合への支配介入を行っているとして、北海道地方労働委員会に対して、不当労働行為の救済申立を行った。

9  債務者は、平成二年五月一七日、債務者代表取締役鈴木行男名義で、債権者に対して

「貴殿にお訪ねしたき事があり下記日時場所に御足労願いたい。

一  日時 平成二年五月二三日 一三時

一  場所 芦別市北一条東一丁目 昇龍閣 四階」

と記載した同月一五日付の内容証明郵便を送付した。

これと同内容の内容証明郵便が、組合の副執行委員長である大原、組合員である高橋富士夫及び田中智行に対しても送られた。

債権者らは、右文書の目的について、債務者事務所に赴いて、島口及び保井に尋ねた。しかし、島口及び保井は、「社長が呼んでいる。内容については自分たちは知らない。」と言うのみであり、債権者がさらに追求しても、呼出の目的を明らかにしなかった。

そこで、債権者らは、呼出の目的が分からないこと、それまで社長からのこのような呼出があったことはなく、その当時組合と債務者とが労働委員会において係争中であったこと、五月二三日は債権者にとって休日であったことから、右の呼出は債務者による組合への干渉であると判断して、これに応じなかった。

そして、組合は、五月二三日と二五日の二回にわたって、債務者に対し、大原を通じて、呼出の目的を団体交渉の場で明らかにして欲しいと申し入れたところ、債務者は、平成二年五月三一日に団体交渉を行うと回答した。

しかし、債務者は、平成二年五月三一日午後一時ころの団体交渉においても呼出の目的を明らかにせず、社長の業務命令に従わなかったとして、就業規則五条、賞罰規定一三条を根拠として、平成二年六月一日付で、大原に対して減給(一〇分の一)六か月、高橋に対して同(一〇分の一)三か月、田中に対して同(一〇分の一)五か月の懲戒処分を行った。

10 債権者は、平成二年五月一三日、和蛇田がその前日、債権者らの担当車である三〇二号車の内部にレザーワックスを塗ったため、太陽光線が反射して運転がしにくくなり、二時間ほどかけて石鹸などでワックスを取り除く作業を強いられ、大変迷惑を受けた。

そこで、債権者は、勤務中の同年五月二五日午後一一時ころ、芦別市内の路上において客待ち中の和蛇田を見つけ、「どうしてワックスを塗ったのか。」などと問いつめ、これがきっかけで、同人と口論となった。その際債権者が、三〇二号車の内部の様子を和蛇田に見せようとして、タクシーの運転席にいた和蛇田の右腕を両手で車外から掴んだ。そうすると和蛇田は、体を助手席の方に倒し、「破れた。」と言ったので、債権者はその手を離し、「どこが破れたか。」と尋ねた。しかし、和蛇田は何も言わず、ワイシャツの肩口に目をやったのみであった。

債権者は、和蛇田のワイシャツには破れがないことを確かめてその場を離れた。

債権者は、その日の勤務時間終了後の翌二六日午前三時ころ、和蛇田から、ワイシャツが破れたので弁償して欲しいとの申し入れを受けたが、肩口の縫目が二、三センチメートル程度ほころびていただけであったので、「それは破れたというのでなくて、ほころびである。自分が破ったのではなく、初めからほころびていたのかもしれない。」と言うと、和蛇田はそれ以上は何も言わず帰宅した。債権者は、同月二九日にも和蛇田から治療費とワイシャツ代の請求を受けたが、これを拒否した。

和蛇田は、平成二年五月二六日と同年六月二日、芦別市北一条東一丁目八番地所在の西村整形外科医院において、いずれも通院加寮一週間を要する右肩関節部挫傷があるとの診断を受けた。

しかし、和蛇田は、同年六月二日には自ら自動車を運転することはできた。

11 島口は、平成二年五月三一日、それまでに債務者から懲戒事由について事情聴取をするころ(ママ)ことなく、債権者に対し、同人を懲戒解雇する旨の通知書を手渡し、翌六月一日には事務所の入口に「債務者は債権者を解雇したので一切の出入を禁止する。」旨の張紙をした。

債権者は、同日出社しようとしたところ、手代木から「あなたは、入ってもらっては困る。」と拒否され、「仕事をしに来た。」と言うと、一一〇番通報され、警察官二名がパトロールカーに乗って到着する有様であった。

12 本件解雇を受ける前の三か月間の債権者の給与の手取り額は、月平均一四万六五七三円であった。

以上の事実が一応認められる。

二  右の事実認定について、以下補足する。

1  まず、債務者は、第二(事案の概要)三(争点)1(債務者の主張)(一)において、「債権者は、平成元年九月四日午前一一時三〇分ころ、事務所にいた配車係にも何も告げずに休暇願を専務の机の上に置いただけであった。債権者の出した休暇願は、同日午後三時を過ぎて配車係に発見された。」との主張をし、(証拠・人証略)にこれに沿う部分がある。

しかし、これらの疎明資料は、(証拠略)(懲戒処分通知)に債権者が「平成元年九月四日勤務中(午前一一時過ぎ)に年休願用紙に組合用務と記入、無許可で以後休む。」と明記されていること、(人証略)は、配車係の職務内容などからして、到底首肯することができないような部分が多いこと並びに(証拠略)、債権者本人尋問の結果に照らし、採用することができない。

その他に債務者の右主張事実を一応認めるに足りる疎明はないし、この点にかかる当裁判所の前記認定を覆すに足りる疎明もない。

2  また、債務者は第二、三、1、(二)において、「債権者は、平成二年五月一八日午前九時すぎころ、保井から、債務者の代表者からの呼出の目的が、領収書の不正発行の件であるとの答えを得」ていたとの主張をし、(証拠・人証略)にこれに沿う部分がある。

しかし、これらの疎明資料も、(証拠略)(内容証明郵便)による呼出の形式、内容(用件の記載がない。)など並びに(証拠略)に照らし、採用することができない。

その他に債務者の右主張事実を一応認めるに足りる疎明はないし、この点にかかる当裁判所の前記認定を覆すに足りる疎明もない。

3  さらに、債務者は、第二、三、1、(三)において、「債権者は、平成二年五月二五日、和蛇田に対し、同人(ママ)の同人の右腕や右肩を堅くつかんで押したり引いたりして、右肩関節部挫傷の傷害を負わせた。」との主張をしている。

そして、債権者の和蛇田に対する行為に関して、(証拠略)(和蛇田の平成二年五月二九日付の陳述書で、清水野氏が、いきなり私の右肩をワシツカミ、力一ぱい引っ張った、との記載がある。)、(証拠略)(平成二年七月二五日の当裁判所の審尋期日における保井忠義の審尋結果の反訳書で、清水野さんが和蛇田の車に手を入れて鷲掴みに引っ張られた、との記載がある。)、(証拠略)(砂子秀司の平成二年八月六日付の陳述書で、清水野氏が、座っている和蛇田氏の右肩をつかんで引っ張っているのを確認した、との記載がある。)、(証拠略)(和蛇田の平成二年九月二五日付の検察庁宛の供述書で、清水野君が、腕を掴んで来た、そのあと両手で腕を掴んで車から引きずり降ろそうとした、私の肩を力まかせに掴み引っ張った、との記載がある。)、(証拠略)(砂子秀司の平成二年九月二五日付の検察庁宛の目撃陳述書で、清水野氏が、和蛇田氏の腕をつかみました、そのあと両手で和蛇田氏の上腕部を引っ張って降ろそうとしているのを目撃した、との記載がある。)、(証拠略)(和蛇田の平成三年一月三一日付の供述書で、〈証拠略〉同旨)、(証拠略)(砂子秀司の平成三年一月三一日付の目撃陳述書で、〈証拠略〉と同旨)並びに和蛇田芳雄の証言(清水野さんは、最初は両手で私の右腕を引っ張りました。その後肩をわしづかみされたなどの証言)の中に債務者の右主張に沿うかのような部分がある。

しかし、右に明らかのように、和蛇田及び砂子秀司は、いずれも、当初、債権者が和蛇田の肩を掴んだ、と陳述していたところが、その後、同じ時期に同じように、債権者が和蛇田の腕をも掴んだ、と陳述を変更しており、手代木勝己の証言(後記の部分)及び債権者本人尋問の結果にも照らすと、和蛇田らの右証言などは到底採用することができない。

また、債権者の和蛇田に対する行為の結果に関して、和蛇田は「債権者に右腕を引っ張られたときに激痛があった。肩をつかまれたときに、しびれが走った。(病院の診断の時点で)腕が腫れていたのと、ものすごいしびれがあって、激痛も常に走っている状態であった。」などと証言し、手代木も「平成二年五月二六日の朝、和蛇田さんは、会社に来た。和蛇田さんの右腕は肩の下辺りから指先の爪のあたりまで赤く腫れ上がっていた。和蛇田さんは、清水野に肩をつかまれたと言っていた。」などと証言をし、これらと(証拠略)を合わせると、債務者の右の主張に沿うかのようである。

しかし、これらの資料も子細にみると、痛みの発現時期(〈証拠略〉では、翌二六日朝痛みがひどくなり、とある。)、痛みの程度、腫れの出現の有無、しびれの有無(診断書では、右肩関節部挫傷との記載があるのみである。)などについて相互に整合しない部分が多いうえ、時が経過するにしたがって和蛇田の症状がより重篤なものであったと陳述(証言)する傾向が見られ、たやすく採用することはできない。

そうして、先に見た債権者が和蛇田に対して行った行為の態様からしても、(証拠略)の診断書記載の和蛇田の傷害が債権者の右の行為によって生じたと一応認めることには、重大な疑問が残るといわざるをえない。

その他に債務者の右主張事実を一応認めるに足りる疎明はないし、この点にかかる当裁判所の前記認定を覆すに足りる疎明もない。

三  前記の認定事実から、島口が債務者の専務に、保井が債務者の顧問に就任した平成元年ころから、債務者と組合及びその執行委員長を務める債権者との関係が次第に険悪化し、従業員間においても、債権者ら従前の組合員と、和蛇田ら第二組合の組合員とが対立し、少数派となった債権者らが債務者から厳しい対応をされていた事実を認めることができる。

このような事実に照らし、債務者の主張する懲戒解雇事由の有無を検討する。

1  無断欠勤について

就業規則の定め及び債務者における当時の年次有給休暇取扱手続を勘案すると、当時は、債務者の従業員が配車係または事務の従業員に年次有給休暇を取る旨伝えて、専務の机の上に休暇願を提出すれば、債務者が時季変更権を行使しない限りその請求した日時が休暇となるものと解すべきである。

そうすると、本件においては、債務者は時季変更権を行使していないのであるから、債権者が休暇願を専務の机上に提出した時点において、その時点以降が債権者の休暇となったものというべきである。

したがって、無断欠勤の点については懲戒事由は存しないものというべきである。

2  呼出(業務)命令違反について

一、9記載の書面(〈証拠略〉の内容証明郵便)の文言自体が任意の出頭を促すものか業務上の命令なのかはっきりしないこと、右書面に出頭目的が何ら記載されていなかったこと、島口や保井も債権者にその目的を明らかにしていないこと、債権者のほかに出頭を求められたのが、組合の執行副委員長の大原及び組合員二名であること、出頭すべき場所も債務者の事務所でもないこと、出頭すべき日が債権者の休日であったこと及び当時債権者らの属する組合と債務者とが労働委員会において係争中であったことの各事実を考慮すれば、債務者の主張する昇龍閣へ出頭すべき業務命令自体が存在しなかったというべきである。

したがって、業務命令違反という懲戒事由も存在しないものというべきである。

3 従業員に対する傷害について

債権者が、和蛇田の右腕を両手で掴み引いた事実については、その程度及び動機に照らし、これを債権者の和蛇田に対する不法な有形力の行使ということはできないし、すでに述べたとおり、債権者の行為により和蛇田の右肩関節部挫傷の傷害が発生したと一応認めるに足りる証拠もないから、債権者が和蛇田に傷害を負わせたという懲戒事由は存在しないものというべきである。

4 そうすると、債務者の主張する懲戒事由は、いずれも存在しないから、これらを理由になされた本件懲戒解雇は無効のものというべきである。

四  債権者は、債務者からの収入により一家四人の生計をまかなっていたものであるから、その地位を保全し、本案の第一審判決の言渡に至るまで賃金の仮払を受ける必要がある。

その仮払額は、平成二年六月から毎月一五日限り一四万六五七三円を相当と認める。第二、三、3の債務者が主張する事実があったとしても、当裁判所のこの判断を動かすに足りない。

五  以上の次第で、当裁判所がした本件仮処分決定は正当であるから、これを認可することとする。

(裁判長裁判官 大出晃之 裁判官 菅野博之 裁判官 松田浩養)

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